1.  

  2. "中性子を発見したジェームズ・チャドウィックが物理学を専攻した理由は、彼が内気すぎて、大学に入ったときに誤って別の列に並んでしまったことを言い出せなかったからにすぎなかった。"
     

  3. "こないだ会社の人に、『うちの子、娘が戦隊とか仮面ライダー好きで、息子がプリキュア好きなんだけど変なんかな?』って聞かれたので、『日曜朝のツイッター見てみなよ』(大丈夫 の意で) って言ったら、今日会社で久々に会った時に、『ああなっちゃうんですか!?』って言ってた ああなっちゃう"
     

  4. "

    私のまわりで言えば、35歳ぐらいの段階で2億円ぐらいの貯蓄のある人はざらにいるわけで、そういう人たちはたいていどうするかというと、会社をやめて(事業をやめて)、あとはのんびり暮らすわけだ。もちろん、そういう人たちはブログで「俺、2億持ってるぜwww」みたいな自慢はしない。そんな自慢をして命を狙われてはかなわないからだ。情報の発信などせず物静かに暮らすのみである。つまり、そういう人達情報は、なかなかブログではお目にかかれない。


    ブログに出てくるのは、技術者として二流か、ビジネスセンスがないのか、会社経営したり働き続けることに生きがいを感じているだとか、そんなに貯蓄する気がなく使いつづけたので働かざるを得ない人とか、まあ、そういった人達だ。別にそれらは全然悪いこっちゃないが。


    35歳の現場技術者が「一流の技術者になるには英語数学勉強しておきなさい」とか言っても私ならそんな意見にはこれっぽっちも耳を貸さない。35歳なら、もうとっくにセミリタイアしていておかしくない年齢だ。その技術者はもしかしたら本当に一流の技術者かも知れないが、ビジネスマンとしては三流だ。みんなもそういう人が居たら、「英語数学勉強してもあんたのようにしかなれないじゃないか!」と言ってやるといい。(そのあとどうなっても知らんけど)

    "
     
  5. squarejewel:

    この4つの四角形はすべて完全に同じタイミングで、かつ一定のスピードで動いています。

    (信じられます? この四角形、全て同じスピードで動いています : ギズモード・ジャパンから)

    (via usaginobike)

     

  6. "

    でも、普通は疑いますよ。科学論文はそういうものだから。

     僕も経験しましたが、実験中に、例えばすごく面白いデータが出るじゃないですか。先生の所に飛んでいきますよね。「先生、先生、超すごいんですけど、こんなデータが出ましたよ」と持っていくと、間違いなくこう言われますね。
    「あ、それ、何回目なの」
    「1回です」
    「じゃあ、だめだよね」

     僕は実験をやり直す。3回やり直したけど結果は変わらない。そうするとさすがにちょっと顔色が変わって、でも、「お前の腕じゃ怪しいな」と言われるんですよ、絶対に。

    なるほど。実験したのが身内でもまずは疑問の目で見る。

    丸:で、「ちょっと3カ月待って」と言って、研究室のメンバーがやり直すんです。それで、結果が変わらなければ「すごいな、正しいぞ、これ。これは論文になるから一緒に頑張ろう」。こうなるんですよ、普通は。

     学部生の実験だろうが、ネイチャー掲載の論文だろうが、徹底的に疑って再現実験を繰り返す。なぜかといえば、科学とは常に間違う可能性を含んでいるものだからです。そして、故意かどうかは全く別の問題ですが、「誤りを含んでいること」自体は大きな問題ではない。

    え? なぜでしょう。

    丸:データの解釈には常に推論を含みますから。そしてもしも「完全に正しい論文以外、発表してはいけない、掲載してはいけない」、ということにでもなったら、科学の推進力は大きく失われてしまうから、です。

    あ、もしかして「ネイチャー」を初めとする科学論文誌は、科学者が自分の論文の誤りを、みんなに見つけてもらう場所、ということですか?

    丸:そう、人間だから誤りは避けられない。自分の能力だけでは限りがある。だから、世界中の優秀な科学者がよってたかって誤りを捜して潰す。そのために科学論文と、それを掲載する雑誌がある。そういう見方もできると思います。

    "
     
  7. (Source: togifs, via usaginobike)

     
  8.  
  9. the-disney-elite:

    The Skeleton Dance by Phantom City Creative

    (via usaginobike)

     

  10. "

    開高健の言葉を思い出す。


    「一旦知ってしまえば、知らなかった時には戻れない。
    本にせよ、スーツにせよ、シガーにせよ、酒にせよ、
    別に知らなくても生きてはいける。
    でも知ってしまえば、それなしの人生など耐え難くなる。
    つまり知識や経験は人生に悲しみも もたらす。
    より多くを、より良きものを、よりスリリングなことを
    知ってしまったがために、当たり前の日常に感動できなくなる。
    それでも、知らない平穏よりも知る悲しみのある人生の方が高級だ。」

    "